コーヒーと健康

 コーヒーは歴史のはじまりにおいて、眠気を覚まし、心身をすっきりとさせる薬に近い飲み物として存在していた。九世紀に書かれたとされる文書には、消化促進、強心、利尿作用など、コーヒーの薬理効果をうかがわせる記録が残っている。13世紀の後半に入るとコーヒー豆は火と邂逅し、たぐいまれな香りを放つ美味しい飲み物へと変化した。コーヒーは短期間でアラビア半島を北上し、カイロ、イスタンブールを経由して16世紀から17世紀初めにはヨーロッパに伝わり、やがて嗜好飲料として世界中で愛飲されるようになったのである。

 このようなコーヒーだが、数十年前まではコーヒーを飲むと「カフェイン中毒になる」、「胃によくない」、「がんになりやすい」など、俗説を交え、健康面でネガティブなイメージが伝えられたこともあった。

 しかし、近年コーヒーに対する科学的な研究が進み、コーヒーは肝臓がん、心筋梗塞、糖尿病などの発症リスクを低下させたり、認知症の予防やダイエットに効果があるなどの研究成果が多数発表されるようになってきた。「コーヒーは健康的な飲み物だ」ということが世界的に明らかになってきたのである。コーヒーには数百種類の成分が含まれているが、その中でも健康によいとされる三大成分のカフェイン、クロロゲン酸、ナイアシンの働きを見てみよう。

カフェインの働き

 コーヒーの成分として最も知られているのはカフェインだろう。コーヒーのほか、お茶やココアなどの食品にも多く含まれる。浸出の仕方によって異なるが、一般的なレギュラーコーヒー抽出液100mlにはカフェインが約60ml含まれて いて、これは紅茶の2倍、煎茶の3倍の量である(七訂日本食品標準成分表より)。 カフェインの効果に、眠気覚ましや集中力の向上(覚醒作用)、利尿作用などがあることは昔からよく知られているが、そのほかにも血管を拡張したり、胃酸の分泌を促進するなどの作用が確認されている。近年の研究で明らかになったことの一つに「カフェインを摂取することで代謝が上がる」ということがある。代謝とはエネルギー消費のことである。一般に代謝がよいとされる白湯を飲んだ時に較べて、コーヒーを飲んだ時のほうが約1.3倍のカロリーを消費していることがわかる。運動と組み合わせると、さらにエネルギー消費効果は高いまま持続されている。

 カフェインには身体についた中性脂肪を分解し燃焼を助ける作用がある。つまり、肥満を防止するためには運動前にコーヒーを飲むことが有効だということがわかってきたのである。

カフェインレスコーヒー

 カフェインには興奮作用や覚醒作用があるので、妊産婦や授乳期の方、夜寝つきが悪い、あるいは眠りが浅いなどの理由でコーヒーの飲用を控えている方は少なくない。しかしコーヒーには精神的なストレスを軽減する効果や香りによるリラックス効果もあるので、本来はそのような人にこそ心置きなくコーヒーを楽しんでいただきたいものである。

 一般に販売されているカフェインレスコーヒーは、「水抽出法(ウォータープロセス)」という方法でカフェインを除去したものである。簡単に言うと生豆を水に浸し、カフェインなどの水溶性成分を溶け出させて生豆から除去するのである。技術は改良されているもののカフェインと一緒に香りや味を形成する成分が逃げてしまい、コーヒー独特の苦味やコクが幾分低下することは避けられなかった。

 最近開発された「二酸化炭素抽出法」によって、コーヒーの中のカフェインだけを除去する技術が確立された。今までの水抽出法に較べて苦味や後味の余韻が格段に改善されている。味覚に満足できずにカフェインレスコーヒーを避けてきた方には朗報と言えるだろう。また従前のカフェインレスはインスタントコーヒーが中心だったが、最近はレギュラーコーヒーはもちろん、一杯抽出のドリップタイプやボトル入りの液体コーヒーまで多種多様な商品が販売されている。カフェイン摂取を避けたい方は、カフェインレスコーヒーを試されてはいかがでしょうか。

クロロゲン酸の働き

 クロロゲン酸はコーヒーに含まれるポリフェノールのことである。赤ワインのアントシアニン、お茶のカテキンなどと同じ仲間に分類される。嗜好飲料のポリフェノール量を見ると、レギュラーコーヒー抽出液100mlに200mg含まれているのに対して、緑茶が115mg、紅茶が96mgと圧倒的にコーヒーの含有量が多い。 クロロゲン酸は、その抗酸化作用が特に注目されている。一般に身体の中の脂質が酸化するとフリーラジカルという物質が生成される。フリーラジカルは生命の維持に大切な働きをしているが、過剰になると身体に有害な作用をひき起こす。たとえば、DNAに影響を及ぼし、細胞を狂わせてがんを発症させる原因になるというのである。クロロゲン酸は、脂質の酸化とフリーラジカルの生成を抑制するように作用するので、結果的にがんの発症リスクを抑える効果があると考えられている。コーヒーを1日五杯以上飲んでいる人は、ほとんど飲まない人に較べて発症リスクが4分の1になっている。40歳から69歳の男女9万人を対象にした追跡調査の結果である。このほか、コーヒーのクロロゲン酸にはアルツハイマー型認知症や2型糖尿病、動脈硬化などへの予防効果が期待されていて、調査・研究が続けられている。

ナイアシンの働き

 ナイアシンは、生豆の成分のトリゴネリンが焙煎の熱で分解して生成される。 したがって深炒りのコーヒーほど多く含まれる傾向になる。ニコチン酸、ビタミンBとも呼ばれるが、煙草のニコチンとはまったく別のもので、心と身体の健康に欠くことのできない物質とされている。

 善玉コレステロールの機能を高め、動脈硬化を予防する効果があると言われ、そのほかにも、ダイエットや認知症予防などへの効果が期待されている。ナイアシンは通常体内で自然に作られるが、過度な飲酒によってアルコール分解に使われたりすると不足してしまい、疲れやすくなったり、イライラや肌荒れ、口内炎、下病、頭痛、めまいなどをひき起こす原因となる。飲酒の際にはナイアシンを一緒に摂るのがよいと言われている。

 カフェイン、クロロゲン酸、ナイアシンをはじめコーヒーの成分にはさまざまな健康効果がある。しかしコーヒーを飲んでさえいれば健康が維持できるということではない。もちろんコーヒーには「薬」のような治療効果もない。食生活を含む規則正しい生活習慣が根底にあり、そのうえで美味しく楽しくコーヒーを飲むことで、さらに健康を維持・増進することができると理解してください。コーヒーは美味しいうえに、健康的な嗜好飲料なのである。

参考資料「UCCコーヒー博物館」より